ひかりにみちたはんいときょうゆうされたきおくをとおして、このとりくみはたんにかこをきろくするだけではなく、しずかなかんしょうのためのくうかんをひらきます。
デジタルのざつおんがひびくなかで、それはそれぞれのまなざしに、しぜんのひびきをあらためてききとり、れきしのきれつをなぞり、きんだいてきなやぼうのまぼろしによっていちどたちきられたないてきちょうわをふたたびみいだすことをさそいます。
ひかりとせいじゃくのひとつひとつのうちに、せいみつさがしずかにかたりだされる。まるかんでやぷろじぇくとは、たんなるびてきないとなみではなく、じょうほうじだいのざわめきにたいするむごんのていこうである。
わたしたちは、ないてきじりつとは、げんそへとかえりつくことによってのみ、とりもどされるとしんじている――つち、おと、そしてきんだいせいのかげにうもれたきおくへと。
このぷろじぇくとは、せいとぞくのはざまをたんきゅうする。はかないしょもつと、やすまることのないぎじゅつのかそくがであうりょういきである。
「せかいのバグ」をしゅっぱつてんとして、かんきゃくにただみるだけでなく、きくことをうながす――たいしゅうのスペクタクルのざわめきにかきけされがちな、びみょうなしんどうに。
ここでは、ちんもくはひとつのことばとなり、そしてきんよくは、いきのびるためのもっともふるいぎじゅつとしていきつづける。
かけらとめいそう
そのながれのなかで、まるかんでやぷろじぇくとは、げんだいのざつおんのなかにちりばめられ、みすごされてきたかけらをあつめる。といのひとつひとつは、ひととだいちのあいだにひそむしずかなひびをつなぎなおそうとするこころみとなる。このりねんは、ひとつのしそうのせいざとしてけっしょうされる:
- しじまというぎじゅつ: そうおんにみちたなかで、せいじゃくはもっともせいかくに、もっともしんじつのきょうめいをかんちするためのききとなる。
- りょくきんのぶっしつせい: いろはたんなるがんりょうではなく、しゅうはである。みどりはいまへといたるしずかななりゆきであり、きんいろはつづいていくおだやかないきである。ふたつはひとつのスペクトルとなり、わたしたちのたんきゅうをみちびく。
- せかいのほころびがてんきてんとなる: ふきょうわをみとめることは、かいふくへむかうさいしょのうごきである。みだれにみえるものは、かいろのしっぱいではなく、あらたなきづきがかたちをとりはじめるきょうかいである。
- でじたるきんよく: しかくのかじょうをおさえ、たいりょうしょうひからいっぽひいたせいぎょ。ひらかれたままつづき、しずかにかくしんてきでありつづけるげいじゅつのいしをまもるために。
これらのはへんをとおして、わたしたちはでんとうのふちをなぞりながら、よりちょうわのとれたみらいをさぐりつづける。
あぷろーち
- てきすとけんきゅう
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